ハチログ(Hachi-LOG)

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蒲田で読書してます(5)張作霖爆殺から満州事変へ、船戸与一『満州国演義』

前口上

外部から来る情報は、塗り潰されたかのようにコロナ禍。これではいかん、一色になってしまう。ということで、積読になってた船戸与一満州国演義』を手に取った。今回は少々長く、且つ歴史の話になる、ご容赦いただきたい。

 

謎多き戦中史

満州国演義』は1930年の張作霖爆殺から、満州事変、上海事変、ニ・ニ六事件、ノモンハン事件日中戦争ソ連参戦、1945年の敗戦とその後までを書く歴史超大作である。この第2次大戦下の中国情勢は謎が多い。理由は2つある。ひとつは中国大陸が半植民地であったこと、欧米と日本が主要都市で「租界」と呼ばれる治外法権地を建設した、つまり中国なのに日本みたいな土地がたくさんあった。上記の各国は、そこを足がかりに、自国の利益のみを追求し、権謀術数を駆使しながら、中国から暴利を貪っていたとされる。もうひとつは、中国国内が『三国志演義』さながらの群雄割拠状態だったこと。南京に本拠地を置く国民党政権は中国大陸を統一できておらず、「軍閥」と呼ばれる無頼漢たち(野盗や馬賊上り)が各地方を独自に支配していた。さらに、毛沢東率いる紅軍(共産党)が江西省の瑞金に根拠地を建設し、国民党に対して「遊撃戦」と呼ばれるゲリラ作戦を展開していた。つまり、軍事力さえあればなんとでもなる、という戦国時代さながらの世界が広がっていた。国が乱れているから、なにがなんだか分からない、謎の多い時代ということになる。

 

関東軍

日本は1905年に日露戦争で勝利し、中国東北部遼東半島の支配権を獲得。そこを足場に、南満州鉄道(満鉄)を創業し、鉄道敷設と地下資源採掘等、東北部に積極的な経済投資を行った。その後、第1次大戦を経て、1927年の金融恐慌が起こり、さらに国内の東北地方で冷害による飢饉が起こり、日本経済は最悪の状況に。そのため、世論が地下資源の豊かな中国東北部への投資に大きな期待をかけるようになる。

その気運を利用したのが関東軍であった。関東軍は満鉄警備を目的に創設されたが、次第に政治色を帯びるようになる。上記のように、国内では困窮から満蒙領有(中国東北部とモンゴルを支配せよ)が論じられ、関東軍がその先兵として動いた。

 

4人兄弟の物語

満州国演義』は上記のような混乱したなんでもありの中国情勢下で生きる敷島4人兄弟を主人公に据える。長男の太郎は東京帝大卒の外交官、次男の次郎はアウトロー大陸浪人、三男の三郎は関東軍所属の軍人、四男の四郎はデカダンスな大学生。彼ら4つの視点を通して、様々な角度から、日本が中国大陸でなにをしたか、史実をベースに小説化している。この『満州国演義』は全9巻の長編である。今回の1巻と2巻は関東軍が起こした東北部の軍閥である1928年張作霖の爆殺から1931年満州事変までを描く。

 

暴力的な時代

とにかく、国際情勢が無茶苦茶、なんでもありの帝国主義の時代である。権謀術数(謀略)を当然のように駆使し、ひとを道具のように扱う世界。殺伐としている。その時代の流れに翻弄され、敷島兄弟の人生は一様に狂っていく。関東軍の暴走を看過せざるを得ない外交官の太郎。違和感を覚えながらも関東軍の特務機関(謀略専門の部署)に利用される大陸浪人の次郎、満蒙領有に邁進する軍人の三郎。青白いインテリよろしく興味本位でイデオロギーと不義の情事に走り、それをネタに特務機関に操られる四郎。満州事変はまだまだ序盤。今後、さらに過酷になる時代の奔流に呑まれ、4人はどうなるのだろうか。

あと、満州事変の首謀者といえば、関東軍参謀の石原莞爾なのだが、扱いはかなり慎重。石原莞爾の評価については難しいのだろうか。あと、石原の方針が満蒙領有から五族協和に変わった、というのも初耳だった。石原はゴリゴリの民族主義イデオローグという印象だったが、意外と政治的に振る舞ってたんだな、と。

 

語るように紡ぐ「演義」という試み

本書は物語形式で歴史を描く。そのため、バラバラな点として知っていた多くの事実を、線として繋いで理解できる、意欲的な作品である(個人的には、張作霖爆殺から満州事変までけっこうタイムラグがあったことや、川島芳子と田中隆吉の関係をはじめて知った)。また、本書は「演義」と銘打たれている。『三国志演義』は街角で講談として親しまれてきた、語るように紡ぐ作品なのだ。つまり、講談師が語りやすいように台本が作られている、聴衆の耳に心地よい書物なのだ。それを目指してか、『満州国演義』も少し砕けた、語り口調の文体になっている。まあ、そうでもしないと、野蛮で悲惨なこの時代の物語を書く気にならないのかもしれない。

今後が楽しみである。

風の払暁 満州国演義一 (新潮文庫)

風の払暁 満州国演義一 (新潮文庫)

  • 作者:船戸 与一
  • 発売日: 2015/07/29
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事変の夜 満州国演義二 (新潮文庫)

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  • 作者:船戸 与一
  • 発売日: 2015/08/28
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